
江ノ電の踏切を渡ってすぐ、紫の幟がはためく急な石段が目に入ります。見上げると山門の向こうに拝殿の屋根が覗き、その手前を電車が横切っていく。満福寺は、そんな「絵になる瞬間」が次から次へと訪れる、写真好きにはたまらないお寺でした。
正式には龍護山 満福寺、真言宗大覚寺派の寺院で、744年(天平16年)に行基が開いたと伝わります。何より有名なのは、源義経が兄・頼朝との和解を訴えた「腰越状」を書いた寺として知られていること。歴史の重みと、江ノ電の軽やかな走行音が同居する、腰越らしい場所です。
江ノ電の踏切を渡り、石段を上る

「踏切あり」の標識を横目に江ノ電の線路を渡ると、正面に石段が現れます。紫の幟には「腰越状」の文字。上りきった先に山門が待っているのが、下からでもはっきり見えました。
山門から拝殿を望む

石段を登りきると木造の山門。「腰越状旧跡 満福寺」と刻まれた石標の奥に、まっすぐ拝殿が見通せます。境内は思っていたよりこぢんまりとしていて、静かに手入れされた松や庭石が出迎えてくれました。
石段の上を江ノ電が走り抜ける

山門をくぐって、ふと後ろを振り返ると、目の前を江ノ電が走り抜けていきました。運行間隔は上下線合わせて約7分に1本。少し待つだけで、幟と石段と電車が重なる、満福寺ならではの一枚を狙えます。三脚を使わなくても撮れる手軽さも、このお寺の魅力のひとつだと思います。
手水の龍

参拝前に立ち寄った手水は、龍の口から水が注がれるつくり。山号「龍護山」にちなんでか、この龍の姿がやけに堂々として見えました。柄杓で手を清めてから、いよいよ拝殿へ向かいます。
拝殿で参拝する

手入れの行き届いた松と、緩やかに湾曲した拝殿の屋根瓦。組み合わせの美しさに、思わず立ち止まって見入ってしまいました。

本尊の薬師如来が祀られる拝殿の内陣は、金色の荘厳具がびっしりと並ぶ豪華なつくり。小さな境内からは想像できないほど、堂内は見応えがありました。
御朱印は4種類、写経体験も

授与所の掲示を見ると、御朱印は薬師如来・弘法大師・千手観音・十一面観音の4種類(各300円)。義経ゆかりの寺らしく、義経記念御朱印(1000円)も用意されています。写経体験(お納め2,000円・持ち帰り1,500円)もできるようで、次はゆっくり時間を取って挑戦してみたいと思いました。
私は迷わず弘法大師の御朱印をいただきました。というのも、私は空海という人物が昔から好きで、彼が生まれた香川県善通寺市の総本山善通寺まで、わざわざ足を運んだことがあるほどです。空海を描いた本の中では、司馬遼太郎の『空海の風景』が特にお気に入りです。旅先で弘法大師の文字に出会うと、つい手を合わせたくなります。

拝殿を背に、いただいた弘法大師の御朱印。「龍護山」の文字とともに、旅の記念が手元に残りました。
源義経の弁明状「腰越状」

境内には、筆を執る義経と、それを見守る武将姿の弁慶をかたどった石像。傍らの石碑には「義経 腰越状」の文字が刻まれています。平家を滅ぼす大功を立てながら、兄・頼朝の怒りを買って鎌倉入りを許されなかった義経が、無実を訴えるために書いたとされるのがこの腰越状です。寺には、弁慶が書いたと伝わる下書きが今も大切に保管されているそうです。石像の前に立つと、800年以上前にここで交わされたやり取りに、少しだけ思いを馳せてしまいました。
まさかの共演?満福寺とONE PIECE

石段で電車を待っていたら、木目調の海賊船のようなラッピング電車がやってきて驚きました。江ノ島電鉄と『ONE PIECE』のコラボ電車が、義経・弁慶ゆかりの寺の前を走り抜けていく――偶然とはいえ、なかなかの組み合わせです。よく見ると、義経と頼朝の確執はルフィとエース・サボの絆を思わせ、主君のために体を張った弁慶の忠義はゾロの姿と重なります。さらに義経は壇ノ浦の戦いで水軍を率いて勝利した過去も。時代を超えた「海の男たち」の物語が、満福寺の石段でふと交差した気がした一枚です。
隧道の先の七里ヶ浜霊園

境内の脇に、色鮮やかな壁画が描かれたトンネルを見つけました。この先は七里ヶ浜霊園に続く道だそうで、傾斜地のためお墓参り用のモノレールまで設置されているのだとか。お寺の賑やかな表情とはまた違う、静かな一面を垣間見た気がしました。
満福寺の基本情報
| 山号・宗派 | 龍護山 満福寺(真言宗大覚寺派) |
| 住所 | 神奈川県鎌倉市腰越2-4-8 |
| TEL | 0467-31-3612 |
| 拝観時間 | 9:00〜16:00頃 |
| 拝観料 | 境内無料(本堂内拝観は大人200円・中学生100円) |
| 御朱印 | 4種類各300円/義経記念御朱印1000円 |
| アクセス | 江ノ電「腰越駅」から徒歩3〜5分 |
よくある質問
Q. 満福寺の御本尊は何ですか?
A. 薬師如来です。744年(天平16年)に行基が開いたと伝わる、真言宗大覚寺派の寺院です。
Q. 腰越状(満福寺事件)とはどんな出来事ですか?
A. 1185年、平家を滅ぼした源義経が兄・頼朝の怒りを買い鎌倉入りを許されず、満福寺に留め置かれた際、無実を訴えるために書いたとされる手紙が「腰越状」です。弁慶が書いたと伝わる下書きが、今も寺に保管されています。
Q. 満福寺で火事があったと聞きましたが?
A. 2021年2月に境内の多目的施設「義経庵」が全焼する火災がありました。本堂は無事で、現在は通常通り拝観できます。
Q. 満福寺の読み方は?
A. 「まんぷくじ」と読みます。同じ名前のお寺は全国各地にありますが、腰越にあるこちらは源義経ゆかりの寺として知られています。
満福寺 まとめ

石段の下から見上げた山門、目の前を走り抜ける江ノ電、そして800年前の歴史を伝える腰越状。満福寺は、短い滞在時間の中に、写真映えと歴史の深さの両方を詰め込んだようなお寺でした。腰越駅からも歩いてすぐなので、腰越を歩く機会があれば、ぜひ踏切を渡ってこの石段を上ってみてほしいと思います。

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藤沢方面から鎌倉方面へ、江ノ電の駅番号順(EN06〜EN15)に並んでいます。



























