
薪を背負って本を読む二宮金次郎の像は、全国の小学校で目にしたことがある方も多いはずです。でも、金次郎が実際にどんな家で生まれ育ったのかまでは、意外と知られていません。
その家は、神奈川県小田原市栢山(かやま)の尊徳記念館の敷地内に、江戸時代中期の茅葺屋根の姿のまま残っています。軒先に立つと、藁の乾いた匂いと、庭先の松が風に揺れる音が出迎えてくれました。家の中には、洪水の夜に少年の金次郎が登って一夜をしのいだと伝わる梁が、今もそのまま架かっています。
この記事では、生家の見どころと、隣の尊徳記念館の展示室、料金や駐車場、栢山駅からの歩き方まで、実際に訪れた様子をもとに紹介します。

- 江戸時代中期の茅葺屋根が残る「二宮尊徳生家」の見どころ
- 洪水の夜に金次郎が登った梁と、囲炉裏のある暮らし
- 尊徳記念館の展示室(5つのゾーン)と料金
- 無料駐車場と、栢山駅からの歩き方
- 10月の尊徳祭で生家に上がれる特別公開
二宮金次郎の生家、江戸時代中期の農家が今も残る
尊徳記念館の入口を入って左側、松の木の奥に建っているのが、金次郎が生まれ育った茅葺屋根の家です。天明7年(1787年)に金次郎が誕生した家で、神奈川県指定の重要文化財になっています。
建物は木造平屋建・寄棟造の茅葺屋根で、間口7間(12.74m)、奥行4.5間(8.19m)。金次郎が16歳のときに一家は離散し、家は一度売却されて別の場所へ移されました。それを昭和35年(1960年)、尊徳記念館建設期成会が買い戻し、誕生の地に復元したのが今の姿です。
茅葺屋根の外観と伯父の家

生家の横には「二宮尊徳誕生之地」と刻まれた大きな石碑が立ち、家の前には松の木が植えられています。金次郎は成長してから、洪水を防ぐために松の苗を買い、酒匂川沿いに植えていったと伝わります。
裏側に回ると台所につながる格子窓があり、すぐ右側には本家である伯父の家が隣り合っています。当時の家族の距離の近さが伝わってくる配置です。
派手さはありませんが、中流の農家の暮らしぶりがそのまま伝わる、素朴で落ち着いた佇まいでした。
囲炉裏と、洪水の夜に登った梁

部屋の真ん中には囲炉裏があり、金次郎の家族もここを囲んで食事をしていたのでしょう。土間には座繰(ざぐり)と糸車が置かれ、蚕の繭から糸を紡いでいた当時の道具を間近に見られます。


いちばん見ておきたいのが、太く黒光りする梁です。寛政3年(1791年)8月、南関東を襲った暴風で酒匂川が氾濫し、栢山にも濁流が流れ込みました。当時4歳の金次郎は、この梁の上に登って一夜をやり過ごしたと伝えられています。見上げると、少年の命を救った木がそのまま頭上にあることに、不思議な感覚を覚えました。
畳敷きの客間もあり、慎ましくも整った暮らしぶりがうかがえます。この洪水をきっかけに二宮家は田畑を失い、やがて一家離散へと向かっていきます。
いろり燻蒸で守り継ぐ茅葺屋根

茅葺屋根は20〜30年に一度の葺き替えが必要で、費用は約1,000万円ともいわれます。屋根を良い状態で保つため、ボランティアグループ「二宮尊徳いろりクラブ」が毎月第2・第4土曜日の9:00〜11:30に囲炉裏で火を焚き、煙で屋根を乾かして虫を防ぐ「いろり燻蒸」を続けています。
私が訪れたときもクラブの方が火の番をしていて、金次郎のことや茅葺屋根の手入れについて、たくさん話を聞かせてもらいました。この家が地域の人の手で守られていることを実感した時間です。燻蒸の日に合わせて訪れると、煙が茅の間から立ちのぼる、昔の農家そのものの光景に出会えます。
尊徳記念館の展示室でたどる金次郎の生涯

生家の隣に建つ尊徳記念館は、展示室のほか会議室や宿泊室も備えた施設です。正面の受付で入場券を買い、右手の入口から展示室へ進みます。展示は次の5つのゾーンに分かれていて、薪を背負った少年のその後、金次郎が何をした人なのかが順を追って分かります。
- 少年時代から青年時代
- 桜町の村づくり
- 小田原藩内の村づくり
- 各地の村づくり
- 弟子たちと報徳の広がり

小田原周辺を再現したジオラマでは、酒匂川が足柄平野の真ん中を流れ、たびたび村を襲った理由がひと目で分かります。金次郎が毎日眺めていたであろう富士山まで再現されています。
木の棒で砂の上に字を書いて覚えた、金次郎の勉強風景の再現展示も見どころです。

敷地内には、早朝から夜まで村々を歩いて指導した大人の尊徳の姿を表す「回村の像」もあります。等身大で作られたと伝わる像で、尊徳は身長およそ6尺(約180cm)の大柄な人物だったといわれています。薪を背負った少年像とはまるで印象が違い、見比べると面白いです。
📣 金次郎像が背負っているのは丸太ではない
大きな薪を背負う姿で知られる金次郎像ですが、実際に運んでいたのは山で拾い集めた落ち枝だったそうです。小田原の城下まで売りに行くための、現実的な量だったといわれています。
尊徳記念館・生家の基本情報
| 名称 | 小田原市尊徳記念館・二宮尊徳生家 |
| 住所 | 〒250-0852 神奈川県小田原市栢山2065-1 |
| 電話 | 0465-36-2381 |
| 開館時間 | 9:00〜17:00(展示室の最終入館16:30) |
| 休館日 | 12月28日〜1月3日 |
| 観覧料 | 一般200円、小・中学生100円、未就学児無料(20名以上の団体は割引あり) |
| 駐車場 | 無料(約46台) |
10月の尊徳祭は生家に上がれる特別な日
普段、生家は外から中の様子を眺める形ですが、金次郎の命日(10月20日)にちなんで毎年10月に開かれる尊徳祭では、生家の特別公開があり、部屋に上がることができます。2026年は10月18日(日)開催の第66回で、展示室の無料開放や、生家を舞台にした浪曲「二宮金次郎伝」、地元の野菜やお菓子が並ぶ報徳市も予定されています。
尊徳記念館へのアクセス
車で行く
東名高速道路の大井松田ICから約12分(約5.5km)、小田原厚木道路の小田原東ICからは約10分です。カーナビのマップコードは57 467 833*60。
道路を挟んだ向かいに無料駐車場(約46台)があります。近くのスイミングスクールの送迎にも使われる駐車場なので、子どもの乗り降りが多い時間帯は場内をゆっくり走ってください。

電車で行く
小田急線の栢山駅または富水駅から徒歩約15分です。おすすめは栢山駅から栢山神社を回って向かうルートで、途中で金次郎ゆかりの史跡を見ながら歩けます。栢山駅・富水駅からは、コロナワールド方面行きのバスで「尊徳記念館前」まで行くこともできます。
駅から15分は、真夏の日中には少しこたえます。田んぼの中の道は日陰が少ないので、夏は飲み物を持って、無理のないペースで歩いてください。
生家から歩いて行けるゆかりの地
尊徳記念館のまわりには、少年時代の金次郎の足跡が歩いて回れる範囲に残っています。生家の見学とあわせて立ち寄りたい場所を紹介します。
捨苗栽培地跡

尊徳記念館の北側にあるのが捨苗栽培地跡です。田植えのあとに捨てられた稲の苗を拾い集め、荒れた土地に植えたところ、秋には1俵の籾が実ったと伝わります。晴れた日には箱根の山並みから富士山まで見渡せ、今も近くの報徳小学校の子どもたちがこの場所で田植えを体験しているそうです。
記念館からの道には歩道がなく、車の通りも多いので、歩くときは十分に気をつけてください。
油菜栽培地跡
捨苗と並ぶもう1つの「積小為大」の原点が、生家から歩いて5分ほどの油菜栽培地跡です。こちらは稲ではなく菜種の話で、一握りの菜種を仙了川の土手に蒔き、翌春に7升ほど収穫して灯油に替えた場所です。名前が似ていますが、捨苗栽培地跡とは別の史跡です。
二宮先生総本家屋敷跡

栢山の二宮家の総本家があった場所です。金次郎が11歳のころに総本家は途絶え、屋敷跡は荒れ地のようになっていました。金次郎はここに竹林を育てて資金をつくり、長い年月をかけて総本家を再興したと伝わります。
善栄寺の墓
金次郎のお墓は、栃木県日光市今市の如来寺と、栢山の善栄寺の2か所にあります。善栄寺は生家から歩いて行ける距離で、境内には座って学ぶ「少年勉学の像」もあります。
このほか、酒匂川の堤や、14歳の金次郎が観音経を聞いた飯泉観音、金次郎を祀る小田原城内の報徳二宮神社まで、小田原に残るゆかりの地は二宮金次郎の小田原ゆかりの地まとめで、1日で回るモデルコースと一緒に紹介しています。
二宮金次郎の生家のよくある質問
生家の中に入ることはできますか?
普段は土間や縁側から中の様子を見学する形です。毎年10月の尊徳祭では特別公開があり、部屋に上がることができます。
生家の見学に料金はかかりますか?
小田原市の案内で観覧料が設定されているのは、尊徳記念館の展示室(一般200円、小・中学生100円)です。生家は敷地内にあり、展示室とあわせて見学できます。
見学にはどれくらい時間がかかりますか?
生家と展示室で1時間ほどが目安です。油菜栽培地跡や善栄寺まで歩くなら、2〜3時間見ておくと安心です。
いろり燻蒸はいつ見られますか?
ボランティアの「二宮尊徳いろりクラブ」が、毎月第2・第4土曜日の9:00〜11:30に行っています。日程は変わることがあるので、出かける前に尊徳記念館へ確認してください。
二宮金次郎と二宮尊徳は同じ人ですか?
同じ人物です。「金次郎」は幼いころからの通称で、自筆では「金治郎」と書いています。「尊徳」は武士に取り立てられてからの名乗りで、正しくは「たかのり」と読みますが、「そんとく」の読みで定着しています。
まとめ:生家で少年・金次郎の暮らしにふれる
二宮金次郎の生家は、江戸時代中期の茅葺屋根の家が、地域の人の手で大切に守られている場所です。囲炉裏や、洪水の夜に登った梁を目の前にすると、教科書の中の偉人ではなく、一人の少年としての金次郎が身近に感じられます。
隣の尊徳記念館で生涯をたどり、捨苗栽培地跡や油菜栽培地跡、善栄寺まで歩けば、少年時代の工夫がそのまま残る栢山の風景をまるごと味わえます。
二宮金次郎は小田原・栢山に生まれ、大人になってからは小田原藩の城下で力を発揮しました。少年時代の足跡が残る栢山と、金次郎を祀る報徳二宮神社のある駅前・城下に分けて、ゆかりの地の記事をまとめています。
















