
小田急線の伊勢原駅からバスで北へ約20分。丹沢の山あいの終点で降り、そこからさらに山道を上った先に、茅葺き屋根の大きな本堂が現れます。それが日向薬師(日向山 宝城坊)です。奈良時代の開創と伝わり、源頼朝や北条政子も参詣した、神奈川でも指折りの古刹です。

石段を上りきると、茅葺きの本堂が姿を見せます
私が参拝したのは2026年9月30日。お目当ての一つだった日向の彼岸花は、今年は早めに見頃を終えていました。当日は小雨が降っていましたが、そのぶん人も少なく、濡れた苔と杉木立に包まれた参道はとても落ち着いた空気でした。9時前に着いたため本堂(薬師堂)の中には入れませんでしたが、境内をひと回りするだけでも十分に心が静まる場所です。この記事では、参道を上る順番に沿って見どころを紹介します。
日向薬師(宝城坊)とは
日向薬師は、神奈川県伊勢原市日向にある高野山真言宗の寺院で、正式には日向山 宝城坊といいます。寺伝の『霊山寺縁起』によれば、霊亀2年(716)に僧・行基が開いたとされ、奈良に平城京が築かれた6年後のことです。かつては霊山寺と呼ばれ、多くの僧坊が立ち並ぶ山岳寺院でした。
本尊は薬師如来。平安時代10世紀中頃につくられた薬師三尊像は、ノミの跡をあえて残した「鉈彫り」の傑作として知られ、日向薬師は日本三大薬師の一つにも数えられています。境内には国の重要文化財に指定された本堂や仏像、銅鐘が残り、まさに文化財の宝庫です。
| 正式名称 | 日向山 宝城坊(日向薬師) |
|---|---|
| 宗派 | 高野山真言宗 |
| 本尊 | 薬師如来(鉈彫りの薬師三尊像) |
| 住所 | 〒259-1101 神奈川県伊勢原市日向1644 |
| 拝観時間 | 4〜10月 9:00〜17:00 11〜3月 10:00〜16:00 雨天・悪天候時は閉門する場合あり |
| 本尊御開帳 | 正月三が日、初薬師(1月8日)、春季例大祭(4月15日) |
| アクセス | 伊勢原駅北口3番乗り場から「日向薬師」行きバスで約20分、終点下車後、徒歩15〜20分 |
| 駐車場 | 参拝者用の無料駐車場あり |
| 電話 | 0463-95-1416 |
行事や閉門の情報は日向薬師の公式サイトで最新の案内を確認できます。
参道順に巡る日向薬師の見どころ
バス停や駐車場から本堂までは、仁王門をくぐって杉木立の石段を上っていくルートです。ここからは私が歩いた順番に、①〜⑫の見どころを紹介します。
⚠️ 参道の石段は自然のままの部分が多く、段の高さもまちまちです。雨の日は苔や石が滑りやすく、特に帰りの下り坂は注意してください。歩きやすい靴がおすすめです。
①道路からの入口と不動明王坐像

道路沿いの入口。石の門柱の先から参道が始まります
道路沿いの入口には、2本の石の門柱が立っています。その先は竹林と緑に挟まれた静かな小道。車の音が遠のくにつれて、少しずつ山寺へ向かう気持ちが整っていきます。

苔に覆われた不動明王坐像

竹垣の前に石仏が並びます
道の脇では、竹垣を背にした石仏たちが迎えてくれます。中央の不動明王坐像は全身が苔に覆われ、長い年月をこの場所で過ごしてきたことが伝わってきます。雨に濡れた緑色がひときわ鮮やかで、供えられた花の黄色や白がよく映えていました。
②仁王門と金剛力士像

石段の先に仁王門が見えてきます
石段を上ると、朱色の仁王像が立つ仁王門が現れます。本堂へ向かう参道の中腹に建つ門で、天保4年(1833)に再建されたと考えられています。柱の間が3つで出入口が1つの「三間一戸」、屋根は四方へ流れる寄棟造の鉄板葺きです。垂木などは弁柄と思われる朱色で塗られ、木口には貝殻の粉からつくる白い胡粉が塗られています。

左右に朱塗りの金剛力士像が立つ仁王門

手のひらを広げた仁王像

にらみをきかせる忿怒の表情
門の両側に立つ伊勢原市指定文化財の金剛力士像は、口を開いた阿形(像高350.0cm)と口を閉じた吽形(352.0cm)の一対。寄木造・玉眼・朱漆塗りで、見上げると大きな目がこちらをにらんでいるようです。本堂にある賓頭盧尊者坐像の台座裏の銘文から、天保4年(1833)に鎌倉仏師・後藤真慶がつくったことが分かっています。この年、霊山寺から出た火事で参道とともに仁王門も焼けてしまいましたが、その年のうちに金剛力士像とともに再建されたと考えられています。
③苔むした石段が続く杉木立の参道

仁王門をくぐると、杉木立の中に石段が続きます
仁王門をくぐった先は、日向薬師で私が一番好きになった景色でした。まっすぐに伸びる杉の間を、苔むした石段が奥へ奥へと続いていきます。小雨で霧がかかり、山全体がしっとりと静まり返っていました。

苔に覆われた石段

シダの緑に囲まれて上ります

霧に包まれた石段。雨の日ならではの景色です
この参道を包む森は「日向薬師の寺林」として神奈川県の天然記念物に指定されています(平成3年指定)。スダジイ、モミ、ウラジロガシ、タブノキ、ケヤキなどの自然林に植林されたスギが混じり、なかでもホソバカナワラビ-スダジイ群集は、真鶴・湯河原から離れてここに分布する学術的にとても貴重な林だそうです。自然の森にはさまれた参道が、幽玄な寺林ならではのおごそかさを保っています。
石段は段差がそろっておらず、ところどころ土や苔がむき出しになっています。雨の日は滑りやすいので、手すりのある場所では手すりを使いながら、ゆっくり上ってください。
④参道の途中で見守る子育て地蔵

霧の中にたたずむ子育て地蔵
石段の途中、少し開けた場所に子育て地蔵が立っています。錫杖を持ち、子どもを抱いた姿のお地蔵様で、足元には花が供えられていました。霧の向こうに浮かぶ光背のシルエットがとても印象的です。

錫杖を手に子を抱くお姿
⑤石碑を過ぎて、のぼりが並ぶ最後の石段へ

大木の根元に据えられた石碑

赤いのぼりが並ぶ石段を上れば本堂です
大木の根元に据えられた石碑を過ぎると、両側に赤いのぼりが並ぶまっすぐな石段が見えてきます。ここを上りきれば本堂の境内。最後のひと踏ん張りです。
⑥茅葺きの本堂(薬師堂)

国の重要文化財に指定されている本堂(薬師堂)
境内の正面に建つのが、国の重要文化財に指定されている本堂(薬師堂)です。寄棟造・茅葺きの七間堂で、間口約22.7m、奥行約21m、棟の高さは約17.7m。大きな茅葺き屋根の下に、黒と朱に塗り分けられた柱や軒が並ぶ姿は、写真で見るよりずっと堂々としていました。

本堂前にはたくさんのおみくじ

軒下の彫刻にも朱と黒の彩色
平成22年から行われた保存修理の調査で、現在の本堂の構造は延享2年(1745)の修理、さらに万治3年(1660)の大修理までさかのぼることが分かりました。もっとも古い部材は鎌倉時代初期(12世紀末)に伐採された木で、ちょうど源頼朝や北条政子が参詣した時期に当たります。当時の薬師堂は今よりさらに大きかった可能性もあるそうです。
本堂の中には、東国最古とされる平安時代後期の十二神将立像がまつられています。私は9時前に着いたため中へは入れませんでしたが、拝観するなら開門時間(4〜10月は9:00から)に合わせて訪れるのがおすすめです。
⑦龍の口から水が注ぐ手水舎

本堂の手前にある手水舎

竹筒の上に乗る龍の水口

手水舎の奥には境内の緑
手水舎の水口は、竹筒にからみつくような龍の姿。細かなうろこやひげまで表現されていて、つい近づいて眺めてしまいました。
⑧弘法大師像

紫ののぼりに囲まれた弘法大師像
境内の一角には、笠をかぶり錫杖を手にした旅姿の弘法大師像が立っています。周りには「南無大師遍照金剛」と書かれた紫ののぼり。高野山真言宗のお寺らしい一角です。
⑨大木の洞にまつられた虚空蔵菩薩

大木の洞に収まる小さなお堂

近づくと花が供えられていました
思わず足が止まったのが、虚空蔵菩薩をまつる小さなお堂です。幹の内側が大きく空洞になった大木の、その洞の中にすっぽりと祠が収まっています。黄色いのぼりに導かれて近づくと、祠の前には色鮮やかな花が供えられていました。木そのものが御堂になったような、ほかではなかなか見られない光景です。
⑩鐘堂と国の重要文化財の銅鐘

岩と杉の大木に守られるように建つ鐘堂

朱塗りの鐘堂

国の重要文化財の銅鐘
朱塗りの鐘堂に吊るされているのは、国の重要文化財に指定された銅鐘です。境内の説明板によると、銘文から、はじめは天暦6年(952)に村上天皇の発願で造られ、仁平3年(1153)に鳥羽上皇の院宣で、さらに暦応3年(1340)にも改鋳されたことが分かっています。3度の鋳造を経て1000年以上にわたって伝わってきた鐘だと思うと、雨の中でも長く見入ってしまいました。
⑪錦幡を掛けた伝説が残る幡かけ杉(二本杉)

県の天然記念物、宝城坊の二本杉
見上げるほど太い幹が天へ伸びる二本杉は、樹齢約800年とされる神奈川県指定の天然記念物で、「幡かけ杉」とも呼ばれます。南北朝時代の貞治3年(1364)、足利尊氏の四男で初代鎌倉公方の足利基氏が大檀那となって寄進した、長さ約6m60cmの錦幡をこの杉に掛けたという伝説が残っています。
⑫鯉が泳ぐ池と、もう一つの手水

竹垣に囲まれた池

澄んだ水の中を錦鯉がゆったり
境内の池では、澄んだ水の中を錦鯉がゆっくり泳いでいました。岩の間から流れ込む水の音が心地よく、参拝の締めくくりにひと息つくのにぴったりの場所です。

緑に包まれた境内の手水舎
帰り道は下り坂に注意、上から見る仁王門

雨の日は水たまりやぬかるみも
帰りは同じ参道を下ります。上りよりも下りのほうが足元に気を使い、雨の日は水たまりやぬかるみ、濡れた苔で滑りやすくなっていました。一段ずつ確かめながら下りるのが安心です。
苔の石垣の先に仁王門の屋根
上から見下ろす仁王門
下り道の途中では、行きとは反対に上から仁王門を見下ろせます。苔に覆われた石垣の間から寄棟造の屋根が見えてくる景色は、上りでは気づかなかった仁王門のもう一つの表情でした。
日向薬師の歴史、源頼朝と北条政子も参詣した霊場
境内の説明板には、1300年にわたる日向薬師の歩みが時代ごとにまとめられています。主な出来事を年表で整理しました。
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 霊亀2年(716) | 『霊山寺縁起』によれば、僧・行基が開く |
| 10世紀中頃 | 本尊・鉈彫りの薬師三尊像がつくられる |
| 天暦6年(952) | 村上天皇の発願で銅鐘が造られる |
| 仁平3年(1153) | 鳥羽上皇の院宣により銅鐘を改鋳 |
| 建久3年(1192) | 源頼朝が妻・北条政子の安産を祈願し、神馬を奉納 |
| 建久5年(1194) | 頼朝が娘・大姫の病気平癒を祈って参詣 |
| 承元4年(1210)・建暦元年(1211) | 北条政子が2度にわたって参詣 |
| 暦応3年(1340) | 銅鐘を再び改鋳 |
| 貞治3年(1364) | 足利基氏が錦幡を寄進 |
| 万治3年(1660) | 本堂の大修理 |
| 天保4年(1833) | 火災後、仁王門と金剛力士像を再建 |
| 明治33年(1900) | 本尊が神奈川県内初の国宝(当時)に指定 |
| 昭和49年(1974) | 途絶えていた「神木のぼり」が復活 |
頼朝が白装束に着替えた「いしば(衣裳場)」
建久5年(1194)、娘の大姫が危篤に陥った源頼朝は、手を尽くしても回復しないことから、相模国で並ぶもののない霊場として信仰を集めていた日向薬師に病気平癒を祈りに訪れました。鎌倉幕府の正史『吾妻鏡』は、この寺を「行基菩薩建立の薬師如来霊場也。当国に於いて効験無双」と記しています。
頼朝は8月8日の明け方、寅の刻(午前4時頃)に鎌倉武士を従えて大山道を進み、到着した場所で旅装を脱いで白装束に着替えました。この場所が「衣裳場」と呼ばれ、なまって今の「いしば」になったと伝えられています。先陣14名、中陣22名、後陣14名の随兵を従えた行列は、日向の山全体を圧するほど壮観だったそうです。
廃仏毀釈を乗り越えた文化財の宝庫
明治初年の神仏分離政策による廃仏毀釈と修験の禁止で、多くの文化財が失われ、奇祭「しげ立て」も途絶えました。それでも明治33年(1900)には本尊が県内初の国宝(当時)に指定され、大正14年(1925)までに阿弥陀如来坐像や日光・月光菩薩立像、四天王立像、銅鐘なども相次いで国宝(当時)となりました。昭和49年(1974)には「神木のぼり」が復活し、今も宝城坊神木のぼり保存会によって受け継がれています。
宝殿の仏像と主な文化財
本尊の薬師三尊像をはじめとする仏像の多くは、境内の宝殿に安置されています。本尊の御開帳は正月三が日、初薬師(1月8日)、春季例大祭(4月15日)と限られているので、仏像を拝みたい人はこの日程に合わせて訪れるのがおすすめです。
| 文化財 | 指定 | ポイント |
|---|---|---|
| 薬師三尊像 | 国・重要文化財 | 平安10世紀中頃、鉈彫りの傑作 |
| 本堂(薬師堂) | 国・重要文化財 | 寄棟造・茅葺きの七間堂 |
| 十二神将立像 | 国指定・県指定の2組 | 本堂の像は平安後期、東国最古の十二神将像 |
| 阿弥陀如来坐像・薬師如来坐像 | 国・重要文化財 | 高さ約2m40cm前後の大像 |
| 厨子と四天王立像 | 国・重要文化財 | 四天王立像は高さ約2m |
| 銅鐘 | 国・重要文化財 | 天暦6年(952)の発願、2度の改鋳 |
| 錦幡と唐櫃 | 県指定 | 足利基氏が寄進した長さ約6m60cmの幡 |
| 二本杉(幡かけ杉) | 県指定 | 樹齢約800年 |
| 日向薬師の寺林 | 県・天然記念物 | ホソバカナワラビ-スダジイ群集 |
| 金剛力士像(仁王門) | 市指定 | 天保4年(1833)、鎌倉仏師・後藤真慶の作 |
御朱印・護摩木・写経
御朱印は本堂内の寺務所でいただけます。公式サイトによると、薬師如来の御朱印は300円、丹沢三山の「薬師瑠璃光」の御朱印は500円。東国花の寺の御朱印や季節限定の御朱印もあります。縦18cm×横12cmのオリジナル御朱印帳は3色あり、御朱印込みで1,500円です。
- 護摩木:1本200円、1本につき願い事は1つ
- 写経:納経料2,000円、用紙は寺務所に用意(写経会は実施していません)
御朱印の受付は本堂内なので、開門前の早い時間に着くといただけません。私も9時前だったため今回はいただけませんでした。御朱印が目的なら、拝観時間内に訪れてください。
アクセス、バスと駐車場

終点の日向薬師バス停
電車で行く場合は、小田急線伊勢原駅北口の3番乗り場から神奈川中央交通バスの「日向薬師」行きに乗り、約20分で終点に着きます。バス停から本堂までは歩いて15〜20分ほどです。バスはおおむね1時間に1本なので、帰りの時刻は先に確認しておくと安心です。

参拝者専用の第2駐車場
車の場合は、参拝者用の無料駐車場が利用できます。バス停の裏手にも無料駐車場があり、参拝のあとにバス停前のお店へ立ち寄るのにも便利です。
参拝のあとに、バス停前の珈琲焙煎所と彼岸花
参拝を終えてバス停まで戻ったら、目の前にある日向薬師珈琲焙煎所がおすすめです。昭和の商店をおしゃれに仕立て直したような小さなお店で、自家焙煎の珈琲と名物のやぎさん最中で、参道歩きの疲れをゆっくり癒やせます。
日向薬師バス停の目の前にある小さな焙煎所。珈琲とやぎさん最中、店内の雑貨を写真で紹介しています。
続きを読む ›日向地区は花の名所でもあり、2月下旬〜3月の梅、6月の紫陽花、9月下旬〜10月初めの彼岸花が有名です。彼岸花の時期には、日向薬師・日向彼岸花の里・日向薬師珈琲焙煎所・ひなたマルシェの4か所を巡るスタンプラリーも開かれていました。開花は年によって前後するので、訪れる前に状況を確認しておくと安心です。
日向薬師のよくある質問
日向薬師とは何ですか?
神奈川県伊勢原市にある高野山真言宗の寺院で、正式名称は日向山 宝城坊です。霊亀2年(716)に行基が開いたと伝わり、本尊の薬師如来をまつる霊場として、源頼朝や北条政子も参詣しました。
日本三大薬師とはどこですか?
薬師如来の霊験で知られる3つの寺院のことで、諸説ありますが、日向薬師(神奈川県伊勢原市)、峯薬師(鳳来寺・愛知県新城市)、柴折薬師(豊楽寺・高知県大豊町)の3つを挙げるのが一般的です。
日向薬師のご利益は?
本尊の薬師如来は、病気平癒や健康長寿を願う仏様として信仰されています。日向薬師では、源頼朝が娘・大姫の病気平癒を、北条政子の安産を祈ったことでも知られています。
日向薬師の宗派は何ですか?
高野山真言宗です。かつては修験の霊場としても栄え、境内には弘法大師像もまつられています。
伊勢原駅から日向薬師へのバスは?
伊勢原駅北口の3番乗り場から「日向薬師」行きのバスに乗り、約20分で終点に着きます。バス停から本堂までは徒歩15〜20分です。本数はおおむね1時間に1本なので、帰りの時刻も確認しておきましょう。
日向薬師の彼岸花の見頃は?
例年9月下旬〜10月初めです。ただし年によって前後し、2026年は9月末には見頃を過ぎていました。開花状況を確認してから出かけるのがおすすめです。
まとめ、雨の日も美しい日向薬師の参道

小雨の中の静かな境内
日向薬師は、仁王門の金剛力士像、苔むした石段の参道、茅葺きの本堂、1000年以上の歴史をもつ銅鐘と、どこを歩いても長い時間の積み重なりを感じられるお寺でした。小雨の日の参拝でしたが、霧に包まれた杉木立はむしろ晴れの日にはない美しさがあったと思います。
次は本堂の中にも入れる時間に訪れて、御朱印をいただき、宝殿の仏像にも会いに行きたいと思います。参拝のあとは、バス停前の焙煎所で珈琲を一杯。それが日向薬師を楽しむ、私のおすすめのコースです。
丹沢の麓に広がる厚木・七沢と伊勢原・日向は、林道でつながるお隣どうしのエリアです。温泉と森林浴、門前の珈琲とラーメンを組み合わせて、1日かけてのんびり巡ってみてください。
🔍 神奈川県の記事を検索











