麻布台ヒルズ誕生前、この場所にあった下町と谷の話
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麻布台ヒルズに足を踏み入れたとき、まず圧倒された。曲線を描く有機的な建物、豊かな緑、高級ブティックが連なる洗練された空間。2023年11月に開業したこの複合施設は、確かに東京の新しい顔だった。

けれど、歩くうちに不思議な感覚が生まれてきた。美しいのに、どこか寂しい。華やかなのに、何かが欠けているような気がした。

その「寂しさ」の正体を探ってみると、この場所にかつて我善坊谷(がぜんぼうだに)という深い谷があったことを知った。戦後の復興を支えた人々が暮らした下町が、ここにあったのだ。

我善坊谷——消えた谷と下町の記憶

HISTORY麻布台ヒルズが建つ前の話

我善坊谷とは、東京都港区麻布台一丁目と虎ノ門五丁目にまたがる地域(旧:麻布我善坊町)にあった、江戸時代から続く深い谷地形の名称だ。起伏に富んだ地形に密集した住宅が並び、戦後の復興とともに成長してきた下町がそこにあった。

再開発計画は約30年にわたって進められた。住民は移転を余儀なくされ、長い年月をかけて谷は埋められ、高層ビルが立ち上がった。麻布台ヒルズは、その跡地に誕生した街だ。

戦後の焼け野原から立ち上がり、この谷に根を張って生きてきた人々の暮らしが——今はここにない。

東京西麻布 伊藤文具店
我善坊谷では無いが西麻布の建物

 

窓の向こうに見えた、別の東京

ヒルズの建物の中から、窓越しに外を眺めた。磨き上げられたガラスの向こうには、まったく異なる風景が広がっていた。

麻布台ヒルズの窓から隣の町を眺める

▲ ヒルズの窓越しに見える、隣接する下町の風景。ガラス一枚が、二つの時代を隔てている

📷 現地にて

「新しい東京と古い東京が、ここで向き合っている。その境界線がガラス一枚というのが、なんとも象徴的だった。」

 

 

道一本隔てた、昭和の風景

ヒルズの外縁を歩くと、高層ビルのすぐ隣に昔ながらの住宅地が残っていた。植木鉢が並ぶ路地、年季の入った塀、細い路地の奥に続く生活感——つい数百メートル先の世界とは、まるで別の時代だった。

麻布台ヒルズに隣接する昔ながらの住宅地

▲ ヒルズに隣接する昔ながらの住宅地。背後にそびえるタワーとの対比が、時代の断層を映し出す

麻布台ヒルズ隣接の住居と高層ビル

▲ 古い住居と高層ビルが同じフレームに収まる。この一枚が、すべてを語っている

訪れて感じたこと

「戦後の復興を支えてきた人たちの暮らしが無くなった。」
高級ブティックの光が路地を照らしても、そこに住んでいた人々の記憶は、もう戻らない。開発の恩恵を受けた人がいる一方で、長年の暮らしごと移転を求められた人たちがいたことを、忘れてはいけないと思った。

 

 

道一本を隔てて残った——大橋茶寮の表門

ヒルズの外縁を歩いていると、古い建物に出会った。大橋茶寮だ。菱格子の表門と、年月を刻んだ石塀。まわりが高層ビルに変わっても、この建物だけは道一本を境に昭和のままの姿を保っていた。

麻布台ヒルズ隣接 大橋茶寮 表門
麻布台ヒルズに隣接する大橋茶寮 表門 菱格子

▲ 道一本を隔てて昭和の姿を保つ大橋茶寮の表門。菱格子が、時代の証人のように立つ

📷 現地にて

「道一本を隔てて残ることができた昭和の建物。再開発の波をなんとか逃れ、今もここに立っている。その存在感が、逆に胸に刺さった。」

 

 

支える人たちと、きらびやかな暮らし

麻布台ヒルズの中を歩くと、ショップのスタッフも、警備員も、みな日本人だった。一方で、この場所に暮らす人々は富裕層や外国人居住者が多い印象を受けた。

麻布台ヒルズの商業エリア

▲ 洗練された商業エリア。華やかさの裏で、支える人たちの存在を感じた

訪れて感じたこと

「高級ブティックやきらびやかな暮らしの裏で、支える人たちやその日の年金暮らしの人たち。対照的な感じ。」
どんな都市にも光と影がある。しかしここでは、その差があまりにも鮮明だった。美しい街並みを見ながら、そのことが頭から離れなかった。

麻布台ヒルズ 曲線的なデザインと豊かな緑が特徴的な複合施設

 

東京タワーが、すべてを見ていた

ヒルズの外れで空を見上げると、東京タワーが曇り空に浮かんでいた。1958年、戦後復興のシンボルとして建てられたあのタワーは、我善坊谷の記憶も、麻布台ヒルズの誕生も、ずっと眺め続けてきたのだろう。

麻布台ヒルズからの東京タワー

▲ 曇り空に浮かぶ東京タワー。戦後の復興を見守り続けてきた塔が、今日もここに立つ

 

 

まとめ——美しさと喪失の、その両方を抱えた街

IMPRESSION麻布台ヒルズが問いかけるもの

麻布台ヒルズは、間違いなく美しい場所だ。先進的な建築、豊かな緑、世界水準のショップとレストラン。東京の新しい可能性を示す、刺激的な空間でもある。

ただ、その土台の下に何があったかを知ると、単純に賛美することができなくなった。戦後を生き抜いた人々の暮らしと、我善坊谷という深い谷の記憶——それがこの場所にはある。

道一本を隔てて残る大橋茶寮の門を眺めながら、そんなことを考えた。再開発は悪ではない。でも失われたものがあることを、この街は静かに語りかけている気がした。

 

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